MENU
BE YOURSELF読みもの一覧へ

何が正解かわからないときに。自分の選択に自信が持てないあなたへ

水色の服を着た人が地図を手に、二つに分かれた穏やかな小道を眺めている
  • URLをコピーしました!

「本当にこれでよかったのかな」

何かを決めたあとになって、そんなふうに考えてしまうことはありませんか。

仕事のこと、人間関係のこと、これからの生き方のこと。

自分なりに考えて決めたはずなのに、誰かの意見を聞いたり、別の選択肢を見つけたりすると、急に不安になってしまう。

もっといい方法があったのではないか。あのとき違う選択をしていたら、今より幸せだったのではないか。

考えれば考えるほど、何が正しいのかわからなくなってしまうこともあります。

でも、私たちが日々向き合っている問題の多くには、学校のテストのような、たった一つの正解が用意されているわけではありません。

大切なのは、最初から正しい答えを選ぶことだけではなく、自分が選んだ道をどう歩いていくかということなのかもしれません。

目次

どうして私たちは「正解」を探してしまうのか

机に広げた紙を前に、頬に手を添えて選択肢を考える人

何かを決めるとき、できれば失敗したくないと思うのは自然なことです。

時間を無駄にしたくないし、後悔もしたくない。できることなら、遠回りせずに、自分にとって一番いい結果にたどり着きたい。

だからこそ、私たちは正しい答えを探そうとします。

たとえば、今の仕事を続けるべきか、それとも転職するべきか悩んでいるとします。

自分の気持ちだけでは決められず、同じような経験をした人の話を読んだり、周囲に相談したりすることもあるでしょう。

それ自体は、決して悪いことではありません。

ただ、いろいろな意見を知るほど、かえって迷いが深くなることもあります。

ある人は「嫌なら辞めた方がいい」と言い、別の人は「もう少し続けた方がいい」と言う。

どちらにも納得できる理由があるからこそ、簡単には決められません。

そして、いつの間にか「自分はどうしたいのか」よりも、「どちらを選べば間違いがないのか」を考えることに精一杯になってしまいます。

ここで少し考えてみたいのは、正解を知りたいという気持ちの奥には、早く安心したいという思いもあるのではないか、ということです。

「これを選べば絶対に大丈夫」

誰かがそう保証してくれたら、もう迷わずに済むかもしれません。

けれども、未来のことは誰にも完全にはわかりません。

どれだけ慎重に考えても、選ぶ前にすべての結果を知ることはできないのです。

ぽとり

答えがほしいときって、答えそのものより「もう迷わなくていいよ」っていう安心がほしいのかもしれないね。ずっと迷っているのは、なかなか疲れるものね。

誰かにとっての正解が、自分の正解とは限らない

向き合って座った二人が、互いの話に耳を傾けている

私たちは、知らず知らずのうちに、他の人の生き方を自分の判断基準にしてしまうことがあります。

同じ年齢の人が仕事で活躍していたり、結婚して家庭を築いていたり、好きなことを仕事にして楽しそうに暮らしていたり。

そんな姿を見ると、自分だけが取り残されているように感じることもあるかもしれません。

「私もそろそろ、ちゃんとしなきゃ」
「このままでいいのかな」

そう思って、自分の選択に自信がなくなってしまうのです。

でも、人によって大切にしたいものは違います。

仕事で成果を出すことに喜びを感じる人もいれば、無理のない働き方をして、穏やかな時間を過ごしたい人もいます。

新しい環境に飛び込むことで充実感を得られる人もいれば、慣れた場所で安心して暮らすことを大切にする人もいます。

どちらが優れているということではありません。

同じ出来事であっても、置かれている状況や、それまでの経験、心の余裕によって、感じ方は変わります。

だからこそ、誰かがうまくいった方法をそのまま真似しても、自分に合うとは限らないのです。

もちろん、他の人の経験や意見が役に立つこともあります。

自分だけでは思いつかなかった選択肢を知るきっかけにもなるでしょう。

ただ、それはあくまでも、その人の経験から生まれた一つの答えです。

誰かの正解を参考にすることと、その正解に自分を合わせなければいけないと思うことは、少し違います。

他の人が選んだ道を歩けていないからといって、自分の人生が間違っているわけではありません。

「間違えたらどうしよう」と思うと、何も決められなくなる

小川のそばにしゃがみ、進みやすい位置に飛び石を置き直す人

選択することが怖くなる理由の一つに、「一度決めたら、もう後戻りできない」という感覚があるのかもしれません。

  • この仕事を選んで後悔したらどうしよう。
  • あの人との関係を手放して、寂しくなったらどうしよう。
  • 今の環境を変えて、もっと悪くなったらどうしよう。

まだ起きていないことを想像するうちに、どの選択肢にも不安が見えてきます。

それでも決めなければいけない場面では、できるだけ失敗する可能性の低い方を探そうとします。

けれども、どれだけ考えても、後悔する可能性を完全になくすことは難しいものです。

そもそも、選択が正しかったかどうかは、すぐに判断できるとは限りません。

たとえば、自分で希望して転職したとしても、新しい職場に慣れるまでは「前の会社にいた方がよかったかも」と感じることがあるでしょう。

反対に、最初は失敗したと思っていた選択が、時間が経ってから自分に合っていたと感じられることもあります。

選んだ直後の気持ちだけで、その選択のすべてが決まるわけではないのです。

そして、もし本当に自分に合わないとわかったなら、そこで考え直すこともできます。

一度選んだ道を、最後まで正解にし続ける必要はありません。

もちろん、簡単には変えられない選択もあります。時間やお金がかかることもありますし、周囲の人への影響を考えなければならない場合もあるでしょう。

だからこそ慎重に考えることは大切です。

ただ、最初の判断だけで、その後の人生がすべて決まってしまうわけでもありません。

選んでみて初めてわかることもあります。

その経験をもとに、今度は違う道を選ぶことだってできるのです。

ぽとり

選んだ道が違ったなって思ったら、そこで立ち止まってもいいんだよね。道って、歩いてみないとわからないこともあるし、曲がり角も意外とあるものだから。

自分の気持ちがわからなくなったときは

開いたノートのそばで、いくつかの石から水色の石を一つ選ぶ手元

「自分のしたいことを選べばいい」

そう言われても、そもそも自分が何をしたいのかわからないこともあります。

長い間、周囲の期待に応えようとしてきたり、失敗しないことを優先してきたりすると、自分の希望よりも「どうするのが正しいか」を先に考える癖がついている場合もあるでしょう。

また、今の状況がつらいときには、何を選んでも不安に感じてしまうことがあります。

そんなとき、無理に「本当の自分の気持ち」を見つけ出そうとしなくてもいいのかもしれません。

自分の気持ちは、いつもはっきりしているものではないからです。

たとえば、今の仕事を辞めたいと思っていても、同時に、収入がなくなることが怖かったり、一緒に働いている人と離れるのが寂しかったりすることもあります。

辞めたい気持ちもある。続けたい理由もある。

どちらも自分の本音なのだとしたら、すぐに一つの答えへまとめられなくても不思議ではありません。

そんなときは、「何が正解なのか」という問いから、少しだけ離れてみるのも一つの方法です。

  • 「自分は何が嫌なんだろう」
  • 「本当は何を大切にしたいんだろう」
  • 「今の自分にとって、何が一番負担になっているんだろう」

すぐに答えが出なくても、そうした問いを通して、自分が何に迷っているのかが少しずつ見えてくることがあります。

大切なのは、無理やり一つの気持ちに決めることではありません。

迷っている自分の中にも、いくつもの大切な気持ちがあると知ることです。

たとえ今すぐ決められなくても、自分が何を大切にしたいのかを考える時間は、決して無意味ではありません。

遠回りした時間も、無駄だったとは限らない

水色の服を着た人がベンチに座り、後ろに続く曲がりくねった道を静かに振り返っている

人生を振り返ったとき、「あのとき、別の選択をしていれば」と思うこともあるでしょう。

  • もっと早く行動していれば。
  • あんなに我慢しなければ。
  • 最初から違う道を選んでいれば。

そう考えると、過去の自分の判断を責めたくなるかもしれません。

けれども、今の自分が知っていることを、過去の自分も知っていたわけではありません。

当時はわからなかったことが、経験を重ねたからこそ見えてくる場合もあります。

たとえば、誰かに合わせることを優先してきた人が、あるとき「自分は無理をしていたんだ」と気づくことがあります。

それまでの時間を、もったいなかったと感じるかもしれません。

でも、そこで初めて、自分が本当はどんな関係を望んでいるのかが見えてくることもあるでしょう。

もちろん、すべての失敗やつらい経験に、無理やり意味を見つける必要はありません。

できれば経験したくなかったこともあるはずですし、失った時間が戻ってくるわけでもありません。

それでも、遠回りしたからといって、その道のりがすべて無駄だったとは限らないのです。

うまくいかなかった経験が、次に同じような状況になったときの判断材料になることもあります。

以前は気づかなかった小さな幸せを、今は大切にできるようになっているかもしれません。

大きな成功や、誰もが認める成果だけが、人生の価値を決めるわけではないのだと思います。

ぽとり

遠回りって、あとから地図を見ると気になるけど、そのときはその道しか見えなかったのかもしれないね。歩いた自分を、今の地図だけで責めなくてもいいと思うんだ。

正解を見つけるより、「これでよかった」を増やしていく

開いた窓のそばで水色のカップを持つ人と、窓辺に咲いた小さな水色の花

私たちはつい、人生のどこかに、自分にぴったりの正解が隠されているように感じてしまいます。

その答えさえ見つかれば、もう迷わずに済む。後悔することもなく、ずっと安心して暮らせる。

でも、実際の人生は、そう簡単にはいきません。

一度決めたことでも、気持ちが変わることがあります。

以前は大切だったものが、今はそれほど大切ではなくなることもあります。

反対に、何気なく選んだことが、あとから自分にとって大きな意味を持つこともあるでしょう。

だから、今の時点で「これが絶対に正解だ」と言い切れなくてもいいのだと思います。

自分なりに考えて、今できる選択をする。

その結果、思っていたのと違ったなら、そこでまた考える。

うまくいったことがあれば、小さくても「これはよかったな」と感じてみる。

そうやって、自分にとっての納得を少しずつ増やしていく生き方もあるのではないでしょうか。

「これでよかった」と思える日もあれば、「やっぱり違ったかもしれない」と悩む日もあるでしょう。

その両方があっても構いません。

自分の人生の答えは、誰かに正解を教えてもらって完成するものではなく、自分が選び、経験し、考え直していく中で、少しずつ形になっていくものなのかもしれません。

今、何が正しいのかわからなくても、焦って答えを出さなくていい場面もあります。

そして、決めなければならないときも、未来の自分が絶対に後悔しない選択を探し続ける必要はありません。

今の自分が大切にしたいことを、できる範囲で大切にしてみる。

それが、今の自分にとっての答えであってもいいのだと思います。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次