誰かに「すごいね」と褒められたとき、つい「全然そんなことないです」と返してしまう。
「助かったよ、ありがとう」と感謝されても、「いえいえ、私なんて何もしていないので」と、自分のしたことを小さくしてしまう。
本当は少しうれしいのに、その気持ちを表に出すことにためらいがある。
相手がせっかく伝えてくれた言葉なのに、どう受け取ればいいのかわからなくなることはありませんか。
褒め言葉を否定してしまうのは、必ずしも自分に自信がないからとは限りません。
調子に乗っていると思われたくなかったり、相手の期待を裏切るのが怖かったり、ただ受け取り慣れていなかったり。
そこには、いろいろな気持ちが重なっていることがあります。
けれど、誰かが自分のよいところを見つけてくれたとき、その言葉まで否定しなくてもいいのかもしれません。
褒められると、どうして否定したくなるのだろう

例えば、仕事で頼まれたことを終えたとき。
「丁寧にやってくれてありがとう」と言われても、「時間がかかってしまったし、もっと早くできたはずなのに」と思ってしまう。
相手は感謝を伝えてくれているのに、自分の頭の中では、できなかったことや足りなかったことが次々と浮かんできます。
自分のことは、自分がいちばんよく知っているように感じるものです。
途中で迷ったことも、失敗しかけたことも、思いどおりにできなかった部分も知っています。
だからこそ、誰かがよいところを見つけてくれても、「本当の私はそんなに立派じゃない」と感じてしまうのかもしれません。
でも、相手はあなたのすべてを評価しようとしているわけではありません。
その人が見ていたのは、あなたが丁寧に対応してくれたことかもしれないし、困っていたときに助けてもらえたことかもしれません。
自分が感じている不十分さと、相手が感じたありがたさは、同時に存在していてもおかしくないのです。
自分では当たり前だと思っていることが、誰かにとっては助けになっている。
自分では気づかなかったよさを、誰かが見つけてくれる。
そんなこともあるのだと思います。
ぽとり自分では「まだまだ」って思っていても、相手には「ありがとう」って感じた理由があるんだよね。自分の見方だけが、全部じゃないのかもしれないね。
褒め言葉を受け取ることは、うぬぼれることではない


褒められたとき、素直に「ありがとうございます」と言うことに抵抗がある人もいると思います。
「自分ですごいと思っているみたいで恥ずかしい」
「否定しないと、調子に乗っていると思われそう」
そんな気持ちから、謙遜することが習慣になっている場合もあります。
もちろん、謙遜すること自体が悪いわけではありません。
ただ、相手からの言葉を受け取ることと、自分を過大評価することは別のことです。
「すごいね」と言われて「ありがとう」と返したからといって、自分が誰よりも優れていると認めたことにはなりません。
それは単に、相手が伝えてくれた気持ちに対して、感謝を返しているだけです。
例えば、誰かに「その服、似合っているね」と言われたとき。
「いやいや、全然似合ってないよ」と否定する代わりに、「ありがとう、うれしい」と返してみる。
その返事には、自分の見た目に絶対の自信を持っているという意味も、相手の評価を全面的に正しいと認める意味もありません。
ただ、その人が好意を持って言葉をかけてくれたことを受け止めているのです。
褒め言葉は、正しいか間違っているかをすぐに判断しなくても、相手の気持ちとして受け取ることができます。
自分ではそう思えなくても、「この人には、そんなふうに見えているんだな」と考えてみる。
それくらいの距離感でも、十分なのではないでしょうか。
褒められたからといって、期待に応え続けなくてもいい


褒め言葉を受け取れない背景には、うれしさよりも先に、プレッシャーが生まれてしまうこともあります。
- 「仕事が早いね」と言われたら、これからも早く終わらせなければいけない気がする。
- 「いつも頼りになるね」と言われたら、次に頼まれたときは断れない気がする。
- 「本当にしっかりしているね」と言われたら、弱いところを見せられなくなる。
褒められた瞬間はうれしくても、同時に「その評価にふさわしい自分でいなければ」と感じてしまうのです。
そうなると、褒め言葉が自分を縛るもののように思えて、簡単には喜べなくなります。
でも、誰かに褒められたからといって、これからも同じ自分でい続ける必要はありません。
仕事が早くできる日もあれば、時間がかかる日もあります。
誰かの力になれる日もあれば、自分のことで精一杯の日もあります。
以前できたことが、今は難しい場合だってあります。
それでも、あの日に感謝されたことや、褒めてもらったことが嘘になるわけではありません。
過去の自分に向けられた肯定を、未来の自分が守り続ける義務はないのです。
ただ、そのときの自分を見て、そう感じてくれた人がいた。
それだけの出来事として、心に残しておいてもいいのだと思います。
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「頼りになるね」って言われても、ずっと頼れる人でいなきゃいけないわけじゃないよ。褒め言葉は、これからの自分を縛る約束じゃないからね。
誰かの否定的な言葉だけを、自分の中に残さなくてもいい


不思議なことに、褒められた言葉はすぐに忘れてしまうのに、否定された言葉はいつまでも覚えていることがあります。
何人かに「よかったよ」と言われても、たった一人に言われた「微妙だったね」が頭から離れない。
「ありがとう」と感謝されたことよりも、「もっとちゃんとやってほしかった」という言葉を何度も思い返してしまう。
そんな経験がある人もいるのではないでしょうか。
否定的な言葉には、自分の至らなかった部分を見つめ直すきっかけが含まれていることもあります。
例えば、仕事で「説明が少しわかりにくかった」と言われたなら、次は順番を変えてみようと考えることができます。
相手を傷つけてしまったことを指摘されたなら、自分の言動を振り返る必要があるかもしれません。
だから、批判をすべて無視すればいいという話ではありません。
ただし、行動についての指摘と、自分自身の価値を否定する言葉は、分けて考えてもいいのです。
「この説明はわかりにくかった」という指摘と、「だからあなたはダメな人間だ」という言葉は同じではありません。
改善できる部分があることと、自分という人間そのものに価値がないことも、まったく別の話です。
誰かに否定されると、その言葉のほうが正しくて、褒めてくれた人は自分をよく知らないだけなのではないかと思うこともあります。
けれど、否定的な意見だからといって、必ずしも肯定的な意見より正確とは限りません。
人によって見ている部分は違いますし、感じ方も異なります。
ある人には物足りなく見えたことが、別の人には十分だったのかもしれません。
批判の中に考えるべき内容があるなら、その部分を確かめる。
一方で、人格を傷つけるだけの言葉まで、自分の評価として引き受ける必要はありません。
誰かの言葉を大切にすることは、言われたことを何でも信じることではないのです。



一つの嫌な言葉が、ほかの人からもらった言葉まで消してしまうことってあるよね。でも、誰かの「ありがとう」も、ちゃんとそこにあったんだよ。
「ありがとう」だけで終わらせてもいい


褒められたときに、すぐに気持ちを切り替えたり、自分のよさを認めたりするのは難しいかもしれません。
長い間「そんなことないです」と返してきた人にとっては、素直に受け取ること自体が落ち着かない場合もあります。
そんなときは、無理に自分を肯定しようとしなくても構いません。
例えば、褒められて「そんなことないです」と言いかけたとき。
「ありがとうございます。そう言ってもらえてうれしいです」
そんなふうに、相手への感謝だけを伝えることもできます。
自分に自信がなくても、褒められた内容に納得できなくても、「うれしい」という気持ちまで否定しなくていいのです。
また、褒め言葉を受け取れなかったからといって、後から「あんな返し方をしなければよかった」と責める必要もありません。
その場では照れくさくて否定してしまっても、帰り道や家に帰ってから、ふと思い出すことがあるかもしれません。
「あの人、あんなふうに言ってくれたな」
「少しうれしかったな」
それだけでも、言葉の受け取り方は少し違ってくると思います。
受け取るというのは、その場で上手に返事をすることだけではありません。
相手が自分をどう見てくれていたのか、後になってゆっくり考えることも、一つの受け取り方です。
もちろん、誰からの褒め言葉でも無条件に受け取る必要はありません。
褒めながら何かを要求してくる人もいれば、こちらを都合よく動かすために好意的な言葉を使う人もいるかもしれません。
言葉を受け取るかどうかは、自分で選んでいいのです。
大切なのは、自分に向けられた好意を、反射的にすべて打ち消さなくてもいいと知っておくことなのだと思います。
自分では見えない自分を、誰かが見つけてくれることもある


自分のことを考えるとき、私たちはどうしても、自分の内側から見た姿を基準にしがちです。
できなかったこと、失敗したこと、まだ足りないと思っていること。
そうした部分を知っているからこそ、人から褒められても「そんなにいい人間じゃない」と感じてしまうことがあります。
けれど、自分が知らない自分の姿も、きっとあるのだと思います。
何気なくかけた言葉に、誰かが安心していたかもしれません。
自分では普通に対応したつもりでも、相手はその丁寧さをありがたく感じていたかもしれません。
そこに気づかせてくれるのが、人からの褒め言葉や感謝なのではないでしょうか。
だからといって、その言葉をすべて信じて、自分への評価を変える必要はありません。
ただ、「そう見てくれた人がいたんだな」と、心の片隅に置いておく。
うまくいかない日や、自分の嫌なところばかり目につく日に、以前もらった言葉を思い出してもいいのです。
誰かからの肯定を受け取ることは、自分を特別な人間だと思い込むことではありません。
自分には欠点もあるし、うまくできないこともある。
それでも、誰かが見つけてくれたよいところまで、なかったことにしなくていい。
今度、誰かに「ありがとう」と言われたら。
いつものように「私なんて」と返したくなっても、少しだけその言葉を心に残してみる。
「ありがとう」と返せる日もあれば、照れくさくてうまく返せない日もあるでしょう。
それでも、あなたに向けられた感謝や好意は、あなたが上手に受け取れたかどうかだけで決まるものではありません。
誰かがあなたを大切に思って伝えてくれた言葉を、あなた自身も少しだけ大切にしてみていいのだと思います。









